2020年10月9日金曜日

マイクロクレデンシャルが変えるキャリア構築の道

 Could Micro-Credential Compete with Traditional Degrees?

2011年、アメリカ人青年ヤングは友人たちを驚かせる挑戦に挑んだ。MITがオンラインで無料公開している教材を使って、正規入学せずにMITのコンピュータサイエンスの学位を取得しようと試みた。録画された授業でカリキュラムを作り、必要な課題や試験はMITの正規学生と同じ制約や条件を反映させたうえで、MITが公開している解答と採点方法ですべて自分で採点した。最終的に、教科書以外には授業料を含め一切費用を支払わずにMITの学位と同等の学位を「取得」した。

ヤング氏はすでにビジネスの学士号を持っていたが、数年の社会人生活の後、コンピュータサイエンスを勉強したいと考えた。しかし、4年制大学の学位取得までは考えなかった。学位を取得することがコース料理を食べるようなものだとすれば、彼は「アラカルト」で教育を受けたいと考えた。

ヤング氏の教育へのアプローチは普通ではないかもしれない。しかし、大学の授業料が膨らみ続ける中、投資に見合うだけのリターンがあるのか、仕事で成功するために何か別の道があるのではないか、と多くの人が疑問に思っている。

ここでマイクロクレデンシャルの登場である。マイクロクレデンシャルとは何か、教育や人事の専門家の間でも若干の解釈の違いはあるが、スキルギャップに対応するために新しいテクノロジーによって生まれた概念であることに大きな異論はないだろう。マイクロクレデンシャルとは一品料理の教育の集合体であり、従来の大学教育や専門プロバイダ、または Coursera、EdX、Udacityのようなオンライン学習プラットフォームのコース、ブートキャンプ、インターン期間などを含む。

多くの人が、すでにマイクロクレデンシャルを使ってスキルセットの幅を広げている。将来的には、大学の学位を取得する代わりに、こうした資格を「積み重ねる」ことで有望な社員が育つかもしれない。それは、よりアクセスしやすく、より手頃な価格で、そして恐らくはより的を絞ったキャリアアップの道を提供するという考えだ。

デジタルトランスフォーメーションと拡大するスキルギャップ

大学と提携してMOOCを提供する英国の学習プラットフォームFutureLearnのCEOネルソン氏は、マイクロクレデンシャルは3つの世界的な「マクロトレンド」から生まれたと考えている。1つ目は、発展途上国の社会で質の高い高等教育に対する需要が急速に高まっていること。2つ目は、多くの産業で起こっているデジタルトランスフォーメーション。この変化でスキルギャップは拡大しているが、大学は需要の高い新しいスキルのトレーニングを提供していないとネルソン氏は指摘している。3つ目は、高等教育のデジタル化。キャリアアップには学位を取得するだけでは不十分で継続的なスキルアップが必要だが、キャンパスに通学する十分な時間を取ることは不可能だ。 

ノースイースタン大学「高等教育の未来と人材戦略センター」エグゼクティブ・ディレクターのギャラガー氏は、テクノロジー分野における世界的な経済成長により、企業が求めるスキルや資格を持った人材と大学から供給される労働力にギャップがあるという事実が浮き彫りにされていると指摘する。こうした需給ギャップは、米国や英国のような先進国市場に限ったことではなく、例えばマレーシアの教育システムやコロンビアのようなラテンアメリカの経済でも見られる。

米国では、企業が大卒以外の人材にも目を向けるようになってきた。グローバル人材管理会社Trueのパートナーであるソーン氏は、クライアントから従来とは異なる経歴を持つ候補者をリストアップするよう依頼されていると言う。企業はマイクロクレデンシャルを利用して、候補者を確保し競合他社が必ずしも考慮していない人材に注目している。

代替するのか補完するのか?

コーディングブートキャンプのようなマイクロクレデンシャルの中には、大学では提供できない分野を埋めるために開発されたものもあり、その分野では大学学位の代替として認識されているものもある。しかし、それは大学の学位に大きな価値がないことを意味しない。

大学の学位は今でも雇用市場で評価され求められている。多くの企業がスキルベースの採用に向けて動き出しているが、応募者の多くは学位取得者であり、証明書やブートキャンプを積み重ねるよりも、コアとなる資格を補完するためにマイクロクレデンシャルを取得している。

ギャラガー氏は、マイクロクレデンシャルが大学の学位の代替する時代が来るかもしれないが、それは業界によって異なると考えている。マイクロクレデンシャルが特定の分野では学位の代わりになり、他の分野では学位を補完するような形態を想定している。まだ非常に初期の段階だ。企業がマイクロクレデンシャルを大学単位の代替品として採用するには、マイクロクレデンシャルを持つ従業員が大学学位を持つ従業員よりも優れた、少なくとも同等のパフォーマンスを発揮できるということを証明するデータが必要だ。そうしたデータはまだ存在しない。

産業界の関与

ギャラガー氏はまた、現在は不十分なマイクロクレデンシャルの規則や基準を設定することが重要性だとも強調している。マイクロクレデンシャルのプロバイダーは、その証明書やコースがどのような内容で構成され、何を提供しているのかを明確にする必要がある。

ニューヨーク市立大学ビジネススクールの学部長ロール氏は、大学や教育機関は、産業界の専門家と協力して、産業界のニーズが必要なペースで充足されていることを確認する必要があると言う。産業界は、誰もが対応できないほどのスピードで変化している。AIを活用した採用プラットフォームGloatの副社長Mordechay氏も同意見だ。実地研修がカリキュラムの一部になっているような、産業界と大学との間のつながりや議論がもっと必要だ。

注目すべきは、多くのマイクロクレデンシャル・プロバイダーが、産業界と相談しながらコースを設計していることだ。例えばUdacityは、FacebookやGoogle、AT&T、Salesforceなどの企業の助けを借りて、短いオンライン資格プログラムを構築した。また、多くの大学がマイクロクレデンシャル・プロバイダーと提携し、代替資格を提供している。カナダでは、政府出資の非営利団体eCampusOntarioが、産業界のパートナーと協力してマイクロクレデンシャルの開発に取り組んでいる。ノースイースタン大学の報告書によると、マイクロクレデンシャルの品質を評価する方法として産業界がマイクロクレデンシャルを検証していると多くの企業が考えている。

企業の採用担当者は、大学の学位は何らかの価値があると考えているが、大卒であることは必須条件ではない。将来的には、企業が候補者を評価する際に考慮する多くの要素の一つになるかもしれない。オンライン求人検索プラットフォームCareerBuilderのCPOアーマー氏は、正式な学位を持っていることは資産だが、邪魔にはならない程度だ、と述べている。

前述のヤング氏が過去の挑戦を振り返り、成果は混在していたと認めている。多くのことを学んだことは確かだが、学習ペースが速くすべてが身になったかどうかは疑問だと考えている。また、当初は仲間や教師との交流の役割を否定していたが、その後、録画の授業では学べない実践的なプロジェクトやツール、機会を発見するには貴重なリソースだったかもしれないと感じた。より多くの人々が「アラカルト」教育を選ぶようになるのは時間の問題だと考えたヤング氏は、正式な教育の重要な機能は「シグナル」であり、賢く良心的で適合性のある人々を社会に振り分けるために使わるという結論に達した。

今日ヤング氏は、大学教育が重要であることは変わらないが、スキルが重要だと言う。価値あるスキルを身につければ、何をしていても就職市場では価値ある候補者になると信じている。そのようなスキルを身につけ、それを企業に示すための様々な選択肢がある未来が来ることを望むが、自分の挑戦はそうした選択肢の一つかもしれない。


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