いま、アメリカでは様々な形態の「無料大学」が出現している。総額1.5兆ドル(日本の国家予算の1.5倍!)にも及ぶ学生ローンを何とか解決しようという意気込みは買いたい。しかし、高騰する授業料に苦しみ経済的支援を最も必要としている人々に金銭的な解決策を提供するだけでは、最も重要な教育の価値を見落としかねない。
無料大学が約束しているのはただ単に大学の卒業資格を提供することだけで、現実に授業料の支払いに苦しんでいる学生たちにとって救いになっているとは限らない。
対象学生の拡大
無料大学が提供しているカリキュラムやプログラムは多種多様だが、一般的に無料になるのは授業料だけで、教科書代や生活費まではカバーされない。しかも、フルタイムの学生だけが対象で、何百万人もの現在および将来のパートタイム学生は対象外だ。これら2点のため、無料大学には年齢制限がないにもかかわらず、無料大学を最も必要とする勤労学生のほとんどが無料大学から締め出されている。
進歩的な政治家が無料大学を最も支持しているようだが、実際には、彼らの政策によって授業料を全額負担している貧しい勤労学生を支援するよりも、中流・上流家庭に経済支援が届く結果になっている。
さまざまな調査研究が指摘しているように、大学生のニーズはアカデミックなものだけとは限らない。食事、住居、育児、医療などの基礎的生活ニーズを訴える場合も少なくない。多くの学校が、そうしたニーズは教育機関の範疇外であるとの立場を取っている。しかし、学生が住む家や食べる物に困っていては、大学で好成績を残せるはずがない。仮に大学がこうした状況を放置すれば、長期的には学生も大学も得るものはない。また、政治家が授業料以外の全般的な学生ニーズにも対処しなければ、無料大学の未来に暗い影が差しかねない。
幸いなことに、地元企業と連携して学生に医療サービスを提供しているミシガン州のコミュニティカレッジJackson College(学生数7,000)のように、授業料以外の面でも学生を支援する大学が出始めている。
最近、カンザス州最大の技術大学WSUが地元Whichitaの航空産業に有能な卒業生を輩出する奨学金制度を立ち上げた。連邦政府の支援が行き届かない授業料だけでなく、大学から50マイル以上離れた地域から来る学生に引越から家賃、家具の代金まで支援する。そのうえ、光熱費の支払いや授業に出席するための移動手段まで提供している。そして、卒業生には地元の航空関連会社との面接を保証し、この制度を利用した学生全員が地元企業で就職を決めている。
この奨学金制度には学生一人当たり約8千ドルという高額が必要なため、寄付を依頼する企業にプログラムの意義について説得力を増すようWSUでは卒業生の就職後のデータをさらに収集していく予定だ。
授業料以外の経費にも支援対象を広げ、卒業生に高給な仕事を紹介する制度は、単に授業料を無料にするより優れた戦略であるようだ。
負債は単に金銭ではなく価値の問題
コストの問題は高等教育機関全体の悩みの種だが、学生ローンが問題となる学生は、大きく2つに分けられる。大学卒業まで通えない学生と卒業しても企業に価値を認められない学生だ。
4年制大学にフルタイムで入学する学生の40%以上が6年以内に卒業しない。この比率は、パートタイム学生ではさらに高くなる。その結果、中途退学した学生は、学生ローンの返済に非常に苦労することになる。中退後7年たっても、中退者の半数しか学生ローンの元本の返済に着手できていない。言い換えれば、中退してから7年経つと、半数の人が中退時より負債額を増やしているのだ。
専攻学科と授業料の関係も重要だ。学生ローンの延滞率が最も高いのは、実際には借入額が最も少ない層、すなわち5千ドル未満だ。勿論例外はあるが、学生ローンの残高が多い人には高所得者が多い。ロースクールやMBA、メディカルスクールの高い授業料を支払うために多額の借り入れをしたのだ。多額の学生ローンを借りても、卒業後の所得が高ければ大きな問題にはならない。
問題は、高い授業料を払っても卒業後に高所得を得られない、または中途退学をするケースだ。卒業率や高付加価値の学位、そして就職支援サービスを提供することをより重視すれば、学生のみならず家族や社会全体に直ちに大きな恩恵をもたらすだろう。
破綻したビジネスモデル
多くの人々が苦しんでいる高騰を続ける授業料の背後には、さらに不愉快な真実が潜んでいる。それは、大学の基本モデルがすでに破綻しているということだ。授業料がインフレ率をはるかに超えて高騰し続ける理由は、「大学」が授業と研究、病院など複数の複雑なビジネスモデルを併せ持ち、そのうえ学生に卒業後の就職と人生に対する教育まで提供しているからだ。過去数十年にわたり、教育機関は経費の拡大に合わせて毎年収入を増やすことができたが、国民の支払い能力は限界に達しつつある。もはやこれ以上高騰する授業料を支払うことは不可能で、これが「無料大学」が勢いを増す背景となっている。
すなわち、学生ローンの問題は、伝統的な高等教育のビジネスモデルが破綻する兆候だ。破綻したシステムを経済的に支援しても、そのシステムを生き返らせることはできない。教育費用を誰が支払うべきかという問題は重要な政策課題だが、そもそもなぜ大学の授業料がこれほど高騰したのかという事実を隠したり避けたりするために使われてはならない。「無料大学」は票になるかもしれないが、問題の根本的な解決にはつながらない。問題の解決には、高等教育と質の高い労働力のギャップを埋めることが重要だ。
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